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大里綜合管理株式会社
代表取締役社長
野老真理子
Tokoro Mariko
 

2018年3・4月

2月○○日

700キロを超える地域の、家を学校を仕事を破壊し、2万人を超える命を奪った東日本大震災から7年。道路や港が整備され、避難所、仮設住宅、復興住宅と変化を遂げましたが、原発の爆発では未だに帰ることのできない人たちが大勢います。私たちは、この震災から何を学び取ったのでしょうか?地域の課題は私たちの課題!出来る人から出来ることから!と大里では日頃から地域の人たちと一緒にいろいろなボランティアをしてきました。あの大きな揺れの後も、止まった信号の交通整理から始まって、作業トラックを使ってガソリンを含め、さまざまな物資を何回も運びました。一年目に80名の生徒が亡くなった大川小学校に80セットのひな壇飾りを届け飾ったり、避難所にいるひとりひとりの要求から、耳かき、爪切り、パソコン、ヤッケ、お酒、コーラなどなど、どれだけ運んだことかわかりません。大里のマイクロバスに乗せて、たくさんの地域の人たちを連れて行きました。仕事が終わった晩の11時に出発し、翌朝8時頃に陸前高田に着き、避難されている方々のマッサージをしたり、掃除をしたり、物資を移動したり、さまざまなボランティアをしました。その数は300を超え、今もなお、ひと月に一度のペースで通い続けています。その度に通る福島の惨状を、その変化を見ながら、原発の爆発のすごさや怖さを同時に受け止め、「政府も東電も、もちろん責任はあるが、好きなだけ使って足りなくなると、どうするんだと無言の威圧をかけてきたのは私たち国民ではないか!この惨状の責任は私たちにもある!」と、「やれることからやろう!」と節電会議を立ち上げ、毎週毎週の会議を節に、7年目になる今、震災当時の20パーセントの使用量で不自由なく仕事が出来る会社になりました。今までどれほど好き勝手に使っていたかを真に反省しています。

 

今回の震災から大里は3つのことを学ぶことができました。

 

1つ目は、科学へのおごり、経済優先で先人たちが伝えようとしていたことを無視し、人任せ行政任せで、自然の怖さに覚悟も準備もしなくなったことを反省すること。

 

2つ目は、いざとなって生き延びたとしたら、やれることはやり続けることが大切だということ。どんな避難所になるか、どんな仮設住宅になるか、どんな復興住宅や地域になるかも、それ次第だということ。

 

3つ目は、便利や豊かさだからといって、取り返しのつかないことが起こる可能性のあることを選んではいけないこと。

 

この3つを真に受け止め、あのときから今を、そしてこれからを生きる当事者として、会社をあげて実践していくことをお約束します。